高校の同級生にM君という人物がいた。
M君とは3年間ずっと同じクラスであり、担任も3年間T先生だった。
M君は子供の時の病気のために身体に障害がのこり、両足が不自由で松葉杖を使っていた。
M君は学力優秀で、公立高校への入学を拒否されたためやむなくヌルハチと同じ高校に進むことになった人だ。入学拒否の理由は、「体育の実技ができないため」だったそうだ。
ヌルハチの場合も、欠席日数が多すぎて公立高校を内申書で落とされたんだが、M君は受験するまえから「受けても落としますよ」といわれたので受けなかったそうだ。
実際に受けさせておいて落とすほうが残酷なのか、受ける前に落としますよというほうが残酷なのか、君はどう思う。似たりよったりか、両方とも。
理由はともあれ、このM君と3年間同じクラスだったことは学力の向上という点では非常にプラスになったね。
中学のうちはそうでもなかったけど、高校に行ったら本気で勉強しようと決めていたから、このM君の存在は大きかったね。目標という意味でね。
最初はこのM君と開成出身のKが相手だと思っていたんだけど、どうもKの関心が別の方向に向いているようなので、M君一人に絞ったね。
何をするにもM君と同一行動ということが多かったね。なにしろ、SMコンビとかMSコンビなんて呼ばれていたくらいだからね。
今考えると笑いたくなるんだけど、このM君に自分以上に勉強されたらどうしようと、本当に恐怖以外のなにものでもなかったね。本気でそう思ってた。
何回も言うことになるけど、このM君がいたおかげでヌルハチは大幅に学力をUPすることができた。高校入学の時点では、M君の学力のほうが上だったからね。
君たちも、目標にする人とか偏差値を決めて勉強すると、励みになっていいと思うね。
その際はなるべく自分にはちょっと難しいかな位のところに目標を置いたほうがいいね。
すぐ手が届いてつかめたらおもしろくないでしょ。
M君とは使っている参考書や受験勉強法の情報交換などもしたけど、とっておきのものは隠すこともあった。
今と違って当時のヌルハチはせこいのを絵に描いたような男だったからね。
それだけM君が怖かったんだ。
高2の修学旅行のとき、二人の間でこんな会話があった。
「お前あんまりやんなよな」
「大丈夫だよ、帰ってくるまで勉強はしないから」
彼は足に障害があるため、修学旅行には参加しなかった。ヌルハチがせこい人間であるのを知っているので、こう言ってくれたのだ。大学受験講座の録音もしてくれたね、ラジオの。
ヌルハチが本気で勉強をするきっかけになってくれたM君と、早々と脱落してしまった感はあるものの、いろいろな意味で刺激になった開成のKには感謝している。この二人がいなければ、「
偏差値下克上男」の誕生はなかったろうね。
命の恩人という言葉があるが、
M君とK君はヌルハチにとってはまさに"偏差値の恩人"であった。
「おまえ、まだそんなこといってんのかよ」
恐らくこう言うだろうね、Kがこの言葉を聞いたら。
高校時代を語る上では、3年間お世話になった担任のT先生に触れないわけにはいかないので一言。
ヌルハチが迷惑をかけた先生は何人もいるが、お世話になったのはこのT先生と、中2中3で担任だったO先生、このお二人だと考えている。
この御二人とも、生徒は一人ひとりみな違うということ、こころの繊細な生徒には細心の注意と配慮、思いやりを持って接しなければならないということがよくわかっていらっしゃった先生だ。
君たちの中にも先生志望の人がいると思うが、勉強を教えることも大事だが、それ以上に生徒一人ひとりの性格や個性に合わせた、生徒の繊細なこころの中までみてあげられるような、そういうことのできる先生になってください。
あるとき、いつものようにM君と一緒に下校したが、多分暑かったのだろう、途中でアイスを買って食べながら歩いていた。
ちょうどそこにT先生が自転車で「見回り」に来た。
登下校の際の買い食いは禁止であるので、二人とも「ヤバイ」と思ったが、時すでに遅し。
T先生は二人をじっと見て(表情は優しかった)、
「おれは何も見てないからな」
といったまま立ち去ってしまった。
先生のうしろ姿が「正義の味方」におもえた。